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宝鶏大散関観光案内
   


宝鶏市南、秦嶺北の麓にある。古くより「川陝の喉もと」と言われる。楚漢が争っていた時、韓信が「明修桟道、暗渡陳倉」(蜀に入ると見せかけひそかに秦の要地である陳倉に渡る)の策を用いた時、この関から出ていった。三国時代、曹操が張魯討伐に出たのもここからだ。陳寿の『三国志』にも、「(建興6年)春、亮また散関を出て、陳倉を囲む、曹真これをふせぐ」とある。

現在は、川陝道路脇の崖には「古大散関」の大文字が刻まれている。この山は険峻で、幾重にも重なっている。その大きさはまさに「一夫当関、万夫莫開」(一人の兵が要害の関を守っていれば、一万の衆もそこを破れない)だ。現在は旧散関城古跡、瀑布山、宝鶏鉄路秦嶺北坡8字型盤山道などを見ることができるが、どれも雄大で壮観だ。
古大散関
昔から交通の要所だったところで、項羽と劉邦はここで戦い、三国志時代には曹操や諸葛亮はここを通り戦場に向かい、宋将が南下する金軍を破りました。